【田渡凌は宝】田渡凌にとってのウインターカップ

【田渡凌は宝】田渡凌にとってのウインターカップ

みなさん、こんにちは。

さっそく、横浜ビー・コルセアーズの情報をお届けします。

田渡凌にとってのウインターカップ

高校バスケの印象について
  • 小さい頃から高校バスケを見ていて、週末に見に行くのが一番の楽しみだった。
  • 最初に覚えた電車の乗り方も代々木の体育館までの行き方で、小学校1年くらいから1人で行っていた。
  • (当時、印象的な選手は)アシスタントコーチの山田謙治(秋田・能代工業高校)、川村卓也(岩手・盛岡南高校)。
  • 国体のときには、昨シーズン引退したアレク(湊谷安玲久司朱、京都・洛南高校)にサインをもらったこともある。
  • 洛南高校の村上直(現京都ハンナリーズ)など、本当にマニアだったので挙げるとキリがない。
  • 当時は能代工が一番カッコいいと思っていた。次の日にプレイを真似て練習していた。
ウインターカップ(WC)への想い
  • いつか自分もあの舞台でプレイすると思っていた。「立ちたい」というよりは「立てる」と思っていた。
  • 自信はあったがその分、練習は一生懸命だった。
1年生のときからWCへ。そのときの感情
  • 京北が出ることは当たり前だった。出ることに関しては特に何もなかったが、地元だから応援がすごかった。
  • 出られなかった高校や先輩もみんな応援にきてくれた。
  • 最初の試合でコートに立った時はアドレナリンが出た。インターハイや国体では味わえない、良い思い出になった試合。
  • 1年生の時は、初戦から結構活躍した記憶があるが、初めてメインコートで試合をした準々決勝は自分のターンオーバーで負けたため、よく覚えている。
3年間を通じて一番印象に残っている試合
  • 2年生の時の市立船橋高校(千葉県)との3位決定戦。
  • 前半は完全に相手のペース、第4ピリオドの残り7分で17点差だった。そこから逆転して勝った。
  • 何が起こるかわからないということを教えてくれた試合。やるべきことを徹底すれば巻き返せると勉強になった試合だった。チームスポーツとしてそういうことは可能なんだと。
  • 僕にとっては大切な試合だった、プロになった今でもそう思う。
WCで印象に残った選手
  • ウインターカップだと野本建吾(福井・北陸高校、現秋田ノーザンハピネッツ)。
  • 1年の準々決勝で負けた試合も、2年の準決勝で負けたのも、相手は北陸だった。
  • 仲も良く、当時の試合のことは今でも話をすることある。
高校はインターハイや国体もある中で、WCの位置付けは?
  • 思い出に残っている試合は、ウインターカップが多い。
  • 当時の東京体育館は独特の雰囲気があり、OBもたくさん見に来る。京北は東京のためもちろんだが、他の学校もウインターカップにはレジェンド級のOBが来る。
  • そういう中での試合であったこともあり、ウインターカップは一番盛り上がる大会だと思う。
下級生の時は「最後の大会になる3年生を気持ちよく送り出したい」という意識はあった?
  • 僕は特に「この人たちとバスケをするのはこれが最後だ」と考えるタイプ。
  • いい形で終わりたいと思って練習も大切にしていた。だからこそ2年生の時の3位決定戦で勝てたことが嬉しかった。
  • 1つ上の代が、中学から5年間一緒にやってきた先輩たちで、最後に満員の観衆の中で勝てて本当に良かった。
  • 3年生の時に負けた試合で、頑張ってくれた下級生たちが泣く姿は今でも忘れられない。
3年生の時のWCに懸ける想い
  • 卒業したらアメリカに行くことが決まっていて、次にいつ日本で試合をするのかも、いつ帰ってくるのかも決めていなかった。
  • そのため、優勝して終わりたいということは強かった。
  • それに、生まれてこのかたずっと父親にバスケを教わってきて、一緒にできるのもこれが最後だった。
  • 胴上げしたいという想いは果たせなかったが、それだけ強い気持ちを込めて臨んだ大会だった。
  • 京北で中高6年間一緒にやってきた同期のためという想いもあった。
  • あんなに自分のためより、みんなのためと思ってバスケをすることも今後ないんじゃないかと思うくらいだった。
WCの経験が、今も活かされている部分
  • あれだけのプレッシャーの中で活躍するのは、その後大学に行くにしろプロになるにしろ大事なこと。
  • そこで力を発揮できない人は、上の舞台に行けない。そう思って自分にプレッシャーをかけてプレイしていた。
  • 全国大会は3回(インターハイ、国体、ウインターカップ)あって、ウインターカップはその最後。
  • 僕らの代ならベンドラメ礼生(宮崎・延岡学園高校、現サンロッカーズ渋谷)や、1つ下なら渡邊雄太(香川・尽誠学園高校、現メンフィス・グリズリーズ)という上手い選手がいて、たくさんの観衆の中でどれだけ力を発揮できるかというのは、技術以上にメンタルの強さが出てくると思う。
  • そこでできたという自信は今の自分に活きてると思う。少なくともその後の数年間は「あそこであれだけできたんだから」と自信を持ってやれた。
  • その積み重ねで今があると思う。自分にとってはすごく大切な経験ができた大会だった。

 

10代のうちから、高いレベルで能力を発揮してきた選手は、そのときから論理的に物事を捉えることができているし、それをうまくアウトプットする力も付いているんだなあと実感した記事だった。

サッカーの久保建英も、インタビューでハキハキと的確でわかりやすい話し方をするし、自分に置き換えたときに、その年齢で適切に対処できる自信はない。

 

それに、高校入学時から先輩たちのことを想ってプレイするだとか、中学生のときからウインターカップに出れる自信があったなど、最早、自分とは違う生き物のようだ。

将来設計を幼いときから組み立てられたとしても、それを実現可能にするまでしっかり努力し続けられることが凄い。

 

スポーツが上手くてプロになることは可能なのかもしれないが、プロに入ってから活躍できるかどうかは、こういった思考力が大事なのだろう。

 

こんなにも魅力溢れる選手が、横浜ビー・コルセアーズにきてくれたことに感謝したい。

本当に嬉しい。ビーコルは田渡凌をキャプテンに据えて正解だった。素晴らしい選手だ。

 

今週末の千葉ジェッツとの試合、勝ってくれないかなあ。

 

この続きはcodocで購読